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2012年7月4日水曜日

下町焼酎ハイボール

釜ヶ崎の「スーパー玉出」の前でおっちゃんがよく片手に持っている、金色をしたタカラ缶酎ハイがあるけれども、わたしもそれをよく飲んでいる。大体どこのスーパーでも108円から120円までの値段設定で、アルコール分は7%。昔は缶酎ハイなんて薄いものを飲もうと思うことはなくて、いいちこを一升瓶で飲んでいたものだけれども、子どもが生まれてからは酒量を激減させているので、手軽で安いし、よく飲む。

 山形で生まれて、千葉、東京と移り住み、大阪に来る直前は、「曳舟」という、今ならちょうどスカイツリーのできた辺りにいた。赤線玉ノ井といって遊郭のあったところだが、行きつけの飲み屋の親父さんはもともと女衒をしていたというから、そんなに昔のことじゃあないと思う。東京下町の、京成線の曳舟をど真ん中として押上から立石までのほんの5駅くらいの界隈に、下町ハイボールという飲み物があった。焼酎を、黄色いエキスと炭酸で割った飲み物で、少しエリアを外れると、もうその飲み物はない。押上から2駅の浅草には、置いてある店もない。
 わたしのまだ少ししかない人生の中で、曳舟にいたころというのは、特別な思い出のある時代なのだけれども、それは黄色いハイボールと同じように、すごく限局された感がある思い出だ。詳しくは言いませんが、いろんな意味で。

 そんなハイボールなのに、今日、ふといつも飲んでいるタカラ缶酎ハイの缶表面を何気なく見ると・・・・「チューハイは昭和20年代後半の東京下町の大衆酒場で “焼酎ハイボール(酎ハイ)として生まれたといわれています。Takara「焼酎ハイボール」は、その元祖チューハイの味わいを追求した、キレ味爽快な辛口チューハイです」と書いてあるではありませんか。
 えっ?これやったん?大阪でも売ってるン。おっちゃんも皆飲んでるん?
 つーか、だいぶ味が違うような・・・いや、こんなもんだったかな。いやしかしだがしかし・・・・・・・・

 遅い青春のほろ苦い思い出を、大阪のこてこてに一蹴された思いがします。でも今は、大阪、阿倍野がとっても大好きです。

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